「価値がある」と思うに値するもの

 

最近あった一連の出来事を通して思ったこと。

 

 

仮想通貨について世間の認知はどれほど進んでいるのだろうか。

仮想通貨と聞いて最初に頭に浮かぶのはおそらくBitcoinだと思う。

マウントゴックスの一件や、つい最近の分裂騒動に関する報道は、Bitcoinに対する世間の信用を激しく上下させた。

新しいものに対しては、世間の見る目や捉え方は往往にして厳しい。

そこに対しては当然だと思うし、誰がどう思うかは、その誰かが決めればいいと思う。

 

 

今でこそ普及してきたインターネットですら、未だに解決されていない問題はたくさんある。

今もインターネットは詐欺の温床だし、SNSのアカウントが乗っ取られて悪用されたり、なんでこうもイタチごっこが続くのかと僕としてはとても謎。まあ、これはインターネットに限ったことではなくて、だからこそ謎なんだけど。

悪いことして稼いでも、長続きしないのなんて自明だし、後ろめたいことして堂々と街なんて歩けたもんじゃないだろうと思うのだけど、それでも人様に迷惑をかけてまで悪いことで儲けようとする人がいることが不思議で仕方ない。

所属するコミュニティやネットワークとか、そういう社会に対してプラスになることをして、それに対して相応の対価を得る方がよっぽどいいと思うのだけど、正直者がバカを見るみたいな、不条理な事案を社会が無くすことができないから、犯罪とか反社会的なことが起こるんだと思う。

 

 

そんな世界に光を照らすのがブロックチェーンなんだと心から思った。悪いことしても割に合わないどころか損となる仕組みって素敵すぎじゃないかと思った。

しかもその技術が最初に手をつけたのが、価値や信用の尺度ともなる「通貨」であったことも、すごいと思った。

通貨なんて世界中のだれもが使うモノで、そこをまるっと変えてしまうという、それはもうすごい革命だと思った。

 

 

ブロックチェーン=Bitcoin(仮想通貨)という印象を持つ人も多いと思うけど、ブロックチェーンが変えるものはそれだけじゃない。そんなもんじゃない。

技術的なものもすごいんだけど、そもそもの思想がすごい。

革新的なのに生活感満載で、かつ、自由主義的で社会的。右も左もある、むしろ無い。というかそんな次元じゃ無い。

本当の民主化というか、理想郷というか。

でもこれは言い過ぎというか、こんなこと言うと気持ち悪るがられるし、家入さんも昨日のブログで評価経済の悪い側面も頭に入れておかないといけないということを言っていたので、ここら辺でやめにする。

 

 

この時点で言いたいこととはかなり脱線しているのだけど、とりあえず、すごいのは仮想通貨ではなく、ブロックチェーンという技術であることは強く言いたい。

今はBitcoinの価格がかなり上がってて、世間的な認知も進んで、「ちょっとやってみようか」と思っている人も多くいると思う。そんでちょっと調べてみると仮想通貨ってめっちゃいろいろあるやん!てなって、「仮想通貨」というもの自体がすごいという感じになっているけど、そういう認識だと詐欺にあう。

仮想通貨全てが値上がりするわけじゃなくて、Bitcoinの値が上がっているのは、ブロックチェーンという技術が裏にあるから、そこに信用が担保されて価値が見出されているのであって。

というか、「信用」という曖昧なものに頼らず、かつ、第3者を介さずにシステマチックに取引を実現するところがすごいので、信用が担保されているという言い方も厳密には間違っているのだけど。

 

 

ちょっと言いたいことに近づいてきた。

でも、この盛り上がりに乗じてBitcoinを買い始めた人には、ブロックチェーンがすごいという理由でBitcoin買っている人って少ないと思う。

じゃあなんで買うのか。

ブロックチェーン以外のところに価値を見出しているからなんよね。

簡単に言えば通貨としての価値。これだけ値上げしていれば、余剰資金の投資先として絶好だし、さらにはBitcoinで決済を行える場所もECを始めとして増えてきたとあれば、これはもう価値云々ではなく、まんま通貨だし。

それがほとんどなんだろうけど、なんか盛り上がっているからという理由もあると思うし、絶対儲かるから!みたいな詐欺に乗っかっちゃって持ち逃げされたみたいな事件も最近みたよなあ。

 

 

つまり、本質的に価値を持つべきところとは違うところに、あらゆる理由で人は価値を見出すことがあるということ。

当然なことだけど、いろんな価値観があって、いろんな人が、いろんなものに対して価値判断をしているので、本質的なコンセプトだったり構造だったり技術だったりが置き去りにされて、形質的なものだけが一人歩きしてしまうということ。

 

 

詐欺コインとして有名な「ノアコイン」。

ここ最近は仮想通貨をつかった資金調達手法「ICO(イニシャル・コイン・オファリング)」もしくは「ITS(イニシャル・トークン・セール)」が急速に普及し始めている。

ノアコインも、このICOという手法を用いた詐欺(としての見方が濃厚)で有名だ。

最近ICOに関するセミナーで出会った一人の男性に、「君のプロジェクトについて詳しく教えて欲しい」と言われ、二人で会うことになったのだが、彼の口からノアコインの話がでたときに、ものすごい冷や汗をかいた。

彼は直接的にノアコインに関わっている訳ではなかったが、ノアコインはICOしてめっちゃお金を集めてすごいというような口ぶりだったので、本当にやばいなと思った。

この時に思ったのは、「自分のやっているプロジェクトやICOも、よく知らない人からみたら詐欺となんら変わらないのかもしれない」ということだった。

 

 

自分で言うのもなんだけど、僕は”純情な感情”でプロジェクトを進めようとしてるので、自分の本当の想いが伝わらないということは悔しい。

でも、それよりももっとやばいのは、もっと負の方向にベクトルが振れてしまって、「詐欺っぽいあやしいことやっている」と思われてしまうことだ。

今までは、伝わらないだけなら、自分の努力不足として認識して次につなげればいいと思っていたけど、まさか自分の行動をきっかけに、意図しない形で自分の信用を落としかねないというリスクの存在に気づけていなかった。

それだけまだ本当に認知の少ない技術や概念であるということだ。

 

 

今までやってきたことはどっちかというと枯れた技術(枯れた技術とは、単に古い技術という意ではない。詳しくはリンク参照)の後追いだった。

だから、ある意味上記のような心配は、よほど変なことをしない限りしなくてよかった。

でも、今やろうとしていることは、今までよりももっともっと、伝える努力が必要だと感じた。

ある意味、いい出会いだったかもしれない。

 

 

伝える、もしくは伝わるためには、信用が必要だし、信用してもらって、価値があると思ってもらわないといけない。

そのための不断の努力を続けていこうと思った。

だけど、それだけじゃないとも思った。

どちらかというとテクノロジーに興味がある人間なので、その信用も、ブロックチェーンのように、つくろうとしているシステムで実現したいとも思う。

その奥にある思想を伝えるために、その思想が価値を持ち得るに足ると思えるだけの実態が必要だから。

 

 

だからこそ、Bitcoinの中のブロックチェーンの技術のように、つくるもの自体の中に信用を生み出せる力を持たせたいし、それを伝える努力もしていきたい。

 

 

いいものをつくるのはもちろん、いいものをつくり、かつ、ちゃんと伝えるべきことを伝える。

やらなきゃいけない。

自分がやらないでどうする。

 

 

そう、強く思った出会いだった。

 

 

頑張る。